人が行き交い都市に新しい活力を届ける交通

人力車

所蔵:江戸東京博物館

東京の発展を支えた人力車と乗合馬車
明治時代、都市交通の花形として活躍したのが、文明開化の象徴ともいわれた「人力車」。発明の起源については諸説ありますが、明治3年(1870年)、和泉要助、鈴木徳次郎、高山幸助の3人が、当時の東京府に人力車の営業を申請し、許可されたことが最初といわれています。その後、近距離移動の手段として、使い勝手の良い人力車は爆発的に広まり、明治4年(1871年)には東京府下で1万輌以上に増加したそうです。ほかにも、移動手段として活躍したのが「乗合馬車」。なかでも東京馬車鉄道会社は、明治15年(1882年)の開業以来、明治36年(1903年)に電車へと転換するまでの約20年間、新橋・上野・浅草を結ぶ東京の目抜き通りを往来し、多くの人の移動を助けました。
鉄道の登場〜新幹線の開通で人々の移動はより快適に
日本で最初の鉄道が開通したのは明治5年(1872年)。新橋~横浜(現在の桜木町)間を1日9往復し、移動時間は53分だったといいます。交通の高速化は、その後、時代とともに進んでいきましたが、「新幹線」の登場により飛躍的な進化を遂げます。新幹線が開業するきっかけとなったのは、昭和39年(1964年)に開催された東京オリンピック。世界中から訪れる人々を運ぶため、5年3カ月という短い工期で、東京~新大阪間の515.4kmが全線開通しました。それまで東京~大阪間の移動時間は、在来線特急で約6時間30分かかっていましたが、「東海道新幹線」が開通することで約4時間に短縮。昭和40年(1965年)には最短3時間10分まで、平成17年(2007年)には2時間25分までの短縮に成功しています。
次の未来に向けて、新たな交通機関が登場
次の未来に向けて、新たな交通機関が登場
2020年に開催される東京オリンピック・パラリンピックに向け、新たな交通機関の導入が進められています。そのひとつが、水素を燃料に用いた「燃料電池バス」。水素の利用は、地球温暖化の原因となるCO2の削減に効果があることから、これをエネルギーとする自動車は「究極のエコカー」とも呼ばれています。2018年7月現在、東京都では、トヨタ自動車株式会社により開発された、5両の燃料電池バスを運行中。区間は、東京ビッグサイトと東京駅丸の内南口を結ぶ約8.4kmです。2020年までには、都内で100両以上の普及を目指しており、その実現に向け、水素ステーションの整備拡大なども進められています。