祝祭都市 東京の発展

「東京府御酒頂戴 江戸橋日本橋風景」/ 所蔵:江戸東京博物館

江戸から東京へ、受け継がれる祭り好きの気風
慶応4年(1868年)7月に「江戸」が「東京」と定められ、9月には元号が「明治」に決定。一般市民がその変化を実感したのは、明治元年(1868年)10月13日に行われた、明治天皇の江戸城入りです。まもなく天皇から御酒(ごしゅ)が下され、祭り好きで知られた民たちは、「御酒頂戴(天酒頂戴)」と称して祭礼のように大いに盛り上がったことが、当時の錦絵にも描かれています。祝祭性に富んだ人々の気風は、現代の東京にも受け継がれており、江戸三大祭りとして著名な「神田祭」「山王祭(さんのうまつり)」「深川八幡祭り」を筆頭に、近年では「東京高円寺阿波おどり」や「浅草サンバカーニバル」など、都外にルーツをもつ祭りをも独自に進化させ、盛り上がりをみせています。
オリンピックをきっかけに魅力を増す東京の街並み
「東京」ではじめてのオリンピック開催が決まったのは、昭和34年(1959年)のこと。以来、5年後の1964年大会に向けて、大規模なインフラ整備が実施されました。このときメインスタジアムとして整備されたのが、昭和33年(1958年)開催の第3回アジア競技大会の会場となった旧国立霞ヶ丘競技場。そのほか、国立屋内総合競技場(代々木競技場)、日本武道館、駒沢オリンピック公園総合運動場など、現在の東京の街並みにとって欠かせない建物が続々と誕生しました。同時進行で、54.6kmに渡るオリンピック関連道路や、首都高速道路(32.9km)の整備も決定。現在の東京でも、2020年大会に向けて急ピッチで準備が進行中です。64年大会のレガシーを活かした「ヘリテッジゾーン」では、旧国立霞ヶ丘競技場跡地に新国立競技場が建設されます。また、東京湾に面した「東京ベイゾーン」には、オリンピック関連施設のほか、水と緑、生物多様性の拠点が誕生することで、東京の街並みに新たな魅力が加わります。

写真提供:(公財)東京観光財団

再開発により時代とともに表情を変えた西新宿
世界有数のターミナル駅である新宿駅の西側に広がる「西新宿」。現在では高層ビル群が建ち並んでいますが、江戸時代、この周辺は「十二社(じゅうにそう)」と呼ばれ、滝や池が点在する郊外の景勝地として人気でした。明治31年(1898年)になると池は埋め立てられ、急速な発展を遂げた東京のライフラインとして「淀橋浄水場」が建設されますが、昭和40年(1965年)になると東村山市に移転。その周辺は「新宿副都心」として再開発されることとなりました。昭和46年(1971年)、日本初の超高層ホテルとして京王プラザホテルが建てられて以来、このエリアには超高層ビルが林立し、平成2年(1990年)に48階建ての新都庁舎が完成後、翌年には丸の内から東京都庁の機能が移転。一帯は新宿中央公園とともに、東京の新名所となりました。