豊かな自然と、新しいライフスタイルの融合

中央線の前身、甲武鉄道の誕生と発展

「大正時代に日野鉄橋を渡るSL(中央本線)」/提供:(公財)たましん地域文化財団

中央線の前身、甲武鉄道の誕生と発展
1889年(明治22年)4月、新宿〜立川間を結ぶ、多摩地区初の鉄道が開業しました。甲府のある「甲斐国」(現在の山梨県)と羽村のある武蔵国(現在の東京都)を結ぶ路線で、今のJR中央線の前身となった私有鉄道です。1889年(明治22年)8月に八王子まで延伸し、都心方面は1904年(明治37年)には御茶ノ水間まで開通。そして1906年(明治39年)の鉄道国有法で国有鉄道となり、中央線の一部になりました。やがて沿線に住宅や学校が増え、平日は都心部と多摩地区を結ぶ通勤・通学の大動脈として、休日には奥多摩や高尾山に向かう行楽電車としてなくてはならない存在となっています。

戦後、東京の人口は急激に増加しました。経済復興とともに1956年(昭和31年)には約811万人、1960年(昭和35年)には約941万人と一気に人口が増え、住宅難は深刻化。無秩序な開発を防止するために計画されたのが、八王子市・町田市・多摩市・稲城市の4市に渡る複合都市「多摩ニュータウン」です。1965年(昭和40年)に計画が決定し、1971年(昭和46年)に入居が開始。1974〜75年(昭和49〜50年)には京王線や小田急線が開通したことで交通の便が向上、2000年(平成12年)には多摩地区を南北に結ぶ多摩モノレールも開業しました。住宅・学校・病院・ショッピングと揃った、多機能複合都市として発展し、多摩丘陵の自然を残した公園や、全長41kmに及ぶ遊歩道なども整備され、休日には豊かな自然に触れ合えます。

東京都民のオアシス、自然豊かな高尾山

提供:Hiro1775/高尾山からの眺望/ゲッティイメージズ

東京都民のオアシス、自然豊かな高尾山
東京には、古来から信仰を集めてきた山がいくつもあります。そのひとつは奈良時代創建と伝わる薬王院がある高尾山。標高は599mと東京スカイツリーより低く、新宿から電車で1時間ほどの距離に位置します。四季折々の植物を楽しめるほか、野鳥は約100種類、動物は20種、昆虫は約5000種が棲息しているといわれる自然の宝庫。天気が良いときは展望台から関東平野一帯を見渡せ、明治の森高尾国定公園からは富士山を見ることも。ミシュランが三ツ星の観光地に選んだこともあって外国人観光客も多く、国内外年間300万人以上が訪れている東京が誇る名山です。